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銘菓の装い

津 平治煎餅本店 街の宝。物語と菓子を次代へ

毎年2月3日に開催される津観音(観音寺)の「鬼押さえ節分」。観音像を盗もうとする鬼を侍が退治する様子を演じる神事のあと、盛大に豆まきが行われる。


伊勢は津で持つ

 三重県の県都、津市。一字の市名は、安濃津と呼ばれた室町時代に、博多津・坊津と共に日明貿易の拠点港だったことを今に伝える名前である。
 江戸時代には、藤堂高虎が領主となって城下町を整備。伊勢神宮に続く伊勢街道を海沿いから街なかに付け替えて、宿場町としても発展させた。
 なにしろ年間何百万もの参拝者が城下を通るのである。「伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ」と伊勢音頭に歌われた大繁栄がやってきた。
 津を訪れた人々が必ず立ち寄った場所がある。伊勢街道沿いにある津観音だ。本尊は阿漕浦で漁夫の網にかかったと伝わる聖観音立像で、浅草観音、大須観音と並ぶ日本三観音の一つ。41棟の伽藍が建ち並んだ大寺院は昭和20年の空襲で全焼し、今その面影は見られないが、毎年2月の「鬼押さえ節分」には往時の賑わいが戻ってくる。
 そして、この節分会にはもう一つの楽しみがある。門前の商店街にある平治煎餅本店で売られる「福引せんべい」。煎餅の中から現れる縁起物の愛らしく、晴れやかなこと。津に春を呼ぶ風物詩だ。
 街と菓子の話を伺いに、4代目の伊藤博康さんを訪ねた。

「山陰堂」7代目当主、竹原雅郎さん
「平治煎餅本店」4代目当主、伊藤博康さん。1967年生まれ。趣味は魚釣り。

忘れ笠の物語

——大正2年(1913)の創業、今年で111年ですね。
伊藤「初代は伊藤銀太郎、私の曽祖父にあたります。桑名の煎餅店で修業した後、津で店を開きました。この初代が作った『平治煎餅』が、今も昔も当店の代表銘菓です」

——笠の形で有名です。
「笠は、伊勢神宮の神領で禁漁区だった阿漕浦を舞台にした、浄瑠璃や歌舞伎の演目に出てくるモチーフです。
 漁師の平治が母の病を治すため、阿漕浦でヤガラという魚を獲って捕えられ、海に沈められるのですが、証拠になったのが、浜に置き忘れた平治の名前が入った笠……。
 海岸近くの住宅街に江戸時代に建てられた平治の孝行を讃える立派な塚があるのですが、いつ行っても花が供えられ、掃き清められています。地域の小学校では、この話を歌物語にして毎年、公演も行っているんですよ」

——孝行話は物語を超えて、街の宝になったのですね。

平治煎餅は立体形状

「うちが創業した当時は、平治関連のものが物凄くたくさんあったそうです。人形や置物、もちろんお菓子も」

——そこに、平治煎餅。評判はどうだったのでしょう。
「味もさることながら、なにより珍しい形が喜ばれたようです。平治煎餅は多分、日本初の立体形状の煎餅なんです」

——立体形状?
「平治煎餅は、平らに焼いた煎餅を曲げて立体にしているのではなく、表裏2枚の型に生地を流して合わせ、何度も返しながら焼いているんです。笠の中心と外側では生地の厚みが違うので、簡単に見えてなかなか手ごわい焼菓子です。
 現在は10丁の焼型が10回転して煎餅を焼く機械を入れていますが、日々、調整が必要な種づくりから火加減、焼き上がりの取り出しまで、すべて人の手で行っています。
 ちなみに焼型は、初代が彫った6つの笠の木型から作った金型で、新調した時も初期の金型から作りました。よく見ていただくと、一つひとつ笠の形も柄も違うのがわかりますよ。裏面には『平治』と書いてあるんです」

——初代の彫り跡が今も!

名菓 舌鼓
写真左:平治煎餅の焼型(原型)。
写真右:代表銘菓の「平治煎餅<小笠>」。「ショコラ」(中)、「ホワイトショコラ」(右)などバリエーションが広がっている。


都の西北、二つの学び舎

——伊藤さんが店を継ごうと考えられたのはいつですか?
「高校時代でしょうか。ですから、早稲田大学に進学したのですが、近くの東京製菓学校にも通っていました」

——二つの学校で学ばれて。
「いや、あまり勉強した記憶がなくて、遊んでばかりでした。大学の門をくぐると釣りクラブの部室に直行。もちろん製菓学校の方も押して知るべしです。どちらも奇跡的な卒業なんです(笑)。
 卒業後は3年ほど一般の企業に勤め、祖父の逝去を機に津に戻りました。4代目を継いだのは35歳の時です」

——代替わりされた頃から、平治煎餅の進化系がイベントで見られるようになりました。
「最初に作ったのは、生地にアーモンドパウダーとバターを加えた『銀笠』。次が、平治煎餅にチョコレートをしみ込ませた『ショコラ』です」

——どちらもおいしくて、今は定番商品になっていますね。
「はい。そして次に挑戦したのが『復刻版』です。平治煎餅は小麦粉と砂糖と卵だけで作っている菓子ですが、戦後、もっと軟らかくというお客様の声で、砂糖の割合を増やすことで硬さを抑えたんです。
 でも、私は自分が子どもの頃に食べていた甘さを控えた平治煎餅が好きで」

——イベントからは、いろいろな商品が生まれているのですね。一番の自信作は?
「『平治のやらかいせんべい』です。完成した時、これが作りたかったんだと手応えを感じました。イベントはお客様の反応を伺えるのも楽しみで、励みになっています」

身の丈にあった変革で

——挑戦は、これからも。

「今ある菓子をさらにブラッシュアップして、より良いもの、よりおいしいものにして次へつなげていきたいと思っています。材料の小麦を替えるなど方法は限りなくありますし、刺激をくれる友人や地域との連携もあります。
 最近も、講師を引き受けている津商業高校のビジネスプランナー養成講座から、やらかいせんべいを円錐形に巻いた楽しい菓子が誕生しました。
 また節分の『福引せんべい』も、作る店が減り続けて最後の1軒がやめると聞いて始めたんです。この菓子を街から無くしてはいけないと思って。
 父がよく、地域と社員を第一に考え、新しいことは身の丈に合う、余裕のある中で進めるようにと言っていました。私も街と人を大切にしながら、より良い菓子を創っていきたいと思っています」 (了)

「福引せんべい」。「鬼押さえ節分」に合わせて1月3日〜2月3日に販売。大きさは大・中・小の3種類。

笠の形の「平治最中」。こちらもロングセラー。 

「重」。カステラ風の煎餅で粒餡をはさんだ銘菓。

平治煎餅本店

三重県津市大門20−15
TEL:059(225)3212
https://heijisenbei.com/

山陰堂

*バックナンバーも、このサイトでご覧になれます。
ぜひ、おいしくて心にしみる「菓子街道」の旅をお楽しみください。