あじわいアーカイブ

旧「あじわい」サイトから、選りすぐりの記事をまとめてお読みいただけます。

「あじわい」トップに戻る
銘菓の装い

餅で栄養、小豆で厄除け

 人の一生の中で、子どもの誕生は特別にドラマチックな出来事です。神奈川県や千葉県、茨城県の一部の地域には、子どもが生まれると「ミツメのぼた餅」を配る習わしがあります。ミツメというのは、出産して三日目のことをいいます。
 昔は親戚や町内の女性たちが作っていたようですが、今はお菓子屋さんに頼みます。大きなぼた餅が三・五・七・九……といった奇数個、重箱や化粧箱に入れられていて、これを親戚や隣近所に配ります。「ミツメのぼた餅」には、その家に新しい命が誕生し、地域社会に新たな一員が加わることをお披露目する役割があるのです。
 また、「ミツメのぼた餅」は、乳の出がよくなるといって、産後の母親にも供されました。昔は、子どもが生まれると貰い乳をする風習があり、乳あわせと呼んで、男の子の場合は女の子を出産した産婦の母乳を、女の子の場合は男の子を出産した産婦の母乳を飲ませるところもありました。それほど、生後まもなくの赤ちゃんにとって母乳は大事なものであり、一方で、産後の母親にとって授乳は身体を消耗させるものでもありました。
 餅の栄養は、母親の体力を回復させたことでしょう。そして、厄を除ける霊力があるといわれる小豆は、幼子の生育を心配する母親やその家族の心を癒したに違いありません。こうした産後の通過儀礼は、日本各地でいろいろと行われています。



illustration by 小幡彩貴

板橋春夫(いたばし はるお)

民俗学者。日本工業大学建築学部教授。1954年、群馬県生まれ。博士(文学・筑波大学)。主たる研究テーマは、通過儀礼。「いのち」をキーワードに、誕生と死に関する習俗と儀礼について調査研究を進めている。