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どこからか「ウォーン!」という遠吠えでも悲鳴でもない叫び声が聞こえてきた。私は「どこかでイヌが鳴いている」と思っただけで、さして気にも留めなかった。声はじきに止んだ。
その時、私はモグラ捕り用のワナと小さなスコップをもって、野道をぶらぶらと歩いていた。道はやがて細くなり、緩い上り坂となった。背丈ほどの灌木がところどころに生えた見晴らしの良い草原だった。モグラのトンネルを探して、ここぞと思うところにワナを仕掛けて、モグラを標本にするのだ。
時々しゃがんで地面を掘っ繰り返して、良さそうなモグラのトンネルを探していたが、イヌの声がまた聞こえてきた。今度は近くから聞こえた。


モグラのワナ掛けを中断して、イヌを探した。野道をさらに登っていくと、道から離れた茂みの方から声が聞こえた。ゆっくりと近づくと、淡い褐色の柴犬の雑種のような小型犬が吠えていた。うっかり近づくと咬まれるかもしれないな、と注意しながらさらに近づくと、イヌは吠えるのを止めてこちらの動きをじっと見ていた。どうやら動けないでいるようだった。
首のあたりを見ると、鎖が灌木にからまっていた。たぶん鎖が解けたことを良いことに遠出を楽しんでいるうちに、引きずっていた鎖が灌木に引っかかったらしい。グルグル回っているうちに動きがとれない状態になったようだ。
しばらくイヌの様子を観察したが、どうやら怒ってはいないようだ。いや、イヌが勘違いして、私が縛りつけたなんて誤解していたら怒っているはずだから用心したのだ。
首の後ろ側から静かに鎖を解いていった。そして首輪から鎖を外して、灌木に引っかけた。イヌは自由になるとブルルッと体を震わせ、礼も言わずにスタスタと野道を下って行った。振り返りもしなかった。
私はまたモグラのトンネル探しに戻った。
illustration by 小幡彩貴
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