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銘菓の装い

山親爺

北海道、野趣とモダン

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 北海道の人々が「札幌に出る」と言うのを聞くと、いかにも在所から町場に出てくるという印象がある。道内の人々にとってだけでなく、道外から訪れる旅人にとっても、札幌は北海道の都だ。
 その札幌のうちでも、お菓子の老舗、千秋庵のある南三条西3丁目というところは、間違いなく最もにぎやかな場所である。札幌駅から南へ真っ直ぐ下る大通りの、大通り公園とすすきのの間の一角で、もともと札幌の銀座ともいうべき街。今では、通りに面して東側に三越、パルコ、西側には4丁目プラザ、ピヴォ、コスモ、アルシュと、ファッション・ビルが集中し、若者の集まる札幌一おしゃれなゾーンともなっている。
 千秋庵は大正10年、岡部式二が創業した。8階建ての本店がまるごとお菓子屋さんで、和洋菓子合わせて年間400種のお菓子を製造している。北海道各地からやってきた数知れぬ人々が、ここでお菓子を買い、喫茶室でひと休みしたに違いない。現社長は3代目の岡部一衛さん(昭和28年生まれ)。モットーは「根深ければ枝繁し」、効率化のために品質を落とさず、本物づくりに徹するという「根」を育てたい、と語る。
 初代が昭和5年に発売して以来、製法をいささかも変えずに作り続けているのが、銘菓「山親爺」だ。北海道産の新鮮なバターとミルクに、卵をたっぷり用いた高級煎餅で、独特のサクサク感は水を一滴も加えないで焼き上げるところから生まれる。山親爺とは、北海道ではヒグマの愛称である。
 缶入りの「山親爺」をいただいた。包装紙は、現社長が7、8年前にデザインさせたという白地にハマナスの花、これを解くと、白地に緑でヒグマやクマザサの絵を散らした箱が現れた。登録商標のマークは煎餅そのものと同じ、煎餅のなかに獲物のサケをかついだヒグマが描かれているが、スキーをはいているのがおかしい。「YAMAOYAJI」という太い書き文字
が、利いている。箱から出てきた缶は、黒地に銀でヒグマや雪の結晶などが線描きされ、風格のあるものであった。
 缶を開けると、いよいよ「山親爺」が現れた。湿気を吸わぬよう5枚ずつ包んである配慮が嬉しい。食べてみると、味よりも、まずふわっと香りを食べるような軽さ。バターもミルクも卵も、みんな生きている。これはたしかに、煎餅中の逸品だと思った。北海道の野趣とモダンが、みごとに溶け合っているのである。

文/大森 周
写真/太田耕治

千秋庵

札幌市中央区南3条西3丁目
TEL 0120-378082 FAX 011-219-2124