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「風流古今十二月ノ内 弥生」 早稲田大学演劇博物館所蔵 段飾りに緑と白を交互に重ねた菱餅が描かれている。 | |
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雛祭と聞くと、美しい雛人形や小さな雛道具に心を躍らせる方も多いことでしょう。お雛様に供える菓子も、雛あられ、有平糖、金花糖などさまざま。なかでも蒔絵の台や三宝にのった菱餅は、ひときわ目立つ存在です。菱餅といえば、紅・白・緑の三色の餅を思い浮かべますが、かつてはこの取り合わせではありませんでした。さて何色だったのでしょうか。まずは雛祭の歴史からたどってみましょう。
雛祭はもともと上巳の節句と呼ばれ、紙などで作った人形で身を拭い災厄を移して水辺に流し、母子草(春の七草のゴギョウ)を餅に搗きこんだ草餅を食べて邪気を払う習わしがありました。人形は、のちに女子の「ひいな遊び」と結びつき、美しく作られて室内に飾られ、やがて雛人形へとつながっていきます。また、草餅は母子草から、同じく厄除けになるとされた蓬が用いられるようになりました。
上巳の節句での菱餅は、江戸時代に広まったとされます。形は陰陽道の考えで女性を象徴しているともいわれ、厄除けの草餅の流れを汲み、多くは緑と白で作られました。当時の錦絵を見ると、緑と白を何枚か重ねたもの、白で緑をはさんだもの、その逆などの組み合わせがあったことがわかります。しかし、絵草紙に複数の色の餅を重ねた菱餅の事例があり、二色以外の餅も存在していたようです。国学者、屋代弘賢が各藩へ出した風俗や年中行事などに関する質問状への返答を見ると、緑・白以外の菱餅を用意した地域もあったことがわかります。伊勢の白子(三重県)は「紅黄白等の餅」、和歌山では「青(緑のこと)黄白の菱に切し餅」。阿波の高川原村(徳島県)は「米・粟・黍の餅」とあるので、白・黄・茶だったのでしょうか(*1)。
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『画本千代の寿』(江戸時代後期)より 虎屋文庫蔵 三宝に色とりどりの餅がのっている。 | (雛人形)(1857)より 国立国会図書館蔵 |
明治時代に入っても、初めの頃は江戸時代と同様の緑・白の菱餅が主流でした。しかし、半ば以降になると少しずつ変化が見られます。「当世風俗通 ひなまつり」(一八八九)では、紅・黄・白の三色の菱餅が描かれ、子ども向けの雑誌『少年世界』(一九〇六*2)では「通常白、赤、青の三種がある」とあり、三色が定番になっていたことがわかります。さらに『料理辞典』(一九〇七)の菱餅の項に「白色の外、青・紅・黄・もちぐさ等の色つけをなすなり」とあるほか、雛菓子の見本帳でも多色の菱餅が見られることから、特定の色にこだわらないタイプも作られるようになっていったことが想像されます。一方、江戸時代同様、緑と白で用意する地域もありました。昔ながらの草餅で厄除けをする伝統が受け継がれていたといえるでしょう。
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(拡大図) | 「当世風俗通 ひなまつり」(1889)より 東京都立中央図書館特別文庫室蔵 右側の女性の後ろに、紅・黄・白の菱餅が見える。 | |||||
ところで、三色を「紅は桃の花、白は雪、緑は萌え出る草」に見立てているという話をよく耳にします。この典拠につき、辞典や史料類を探してみたのですが、色の理由について言及しているものはありませんでした。しかし、昭和の初めに発行された『三五乃志留辺』(一九三五)を見ると、「三色は桃の花と桃の葉の色になぞらへたものとされてゐます、(中略)或は桃の花と雪と若芽とを象徴したのであるなぞとも云はれてゐます」とあります。三色の由来は、どうもこの頃には言われていたようです。雛祭の別名である「桃の節句」と、春らしい色合いの菱餅のイメージを重ねて語られるようになり、次第に広まっていったのかもしれませんね。
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昭和初期の写真をもとに再現した虎屋の雛飾り。 下段中央には菱餅が置いてある。 |
*1 「伊勢国白子領風俗問状答」「紀伊国和歌山風俗問状答」「阿波国高河原村風俗問状答」(『日本庶民生活史料集成』第九巻、三一書房、一九六九年)。
*2 『少年世界』第十二巻第四号、博文館、一九〇六年。
森田 環(虎屋文庫 研究主査)
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昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。
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