Nipponの歳時記 身近な生き物5 今泉忠明 No.218

ヒトも牛もバクテリアも環りめぐって生きている

牛乳

 循環型農業が叫ばれ始めた頃の夏、茨城県の酪農家を訪れた。飼育されていたのは数十頭のホルスタインだ。

 その日、牧場主のおじさんは、軽トラの荷台いっぱいに黒土を運んでくると、スコップで黒土をウシの餌箱に入れていった。ウシはすぐさま餌箱に顔をつっこんで、黒土をモグモグと食べ始めた。ちょっとした驚きだった。
「ウシの健康を保つには、腐葉土が一番なのさ」と、おじさんが言った。

 腐葉土は落ち葉がバクテリアに分解されてできたものだから、食べ物を反芻するウシの胃には良いのだろう。落ち葉は、牧場の周りに生えているクヌギやコナラのもの。ウシの糞は地中に埋め、発酵させて農作物の肥料に、尿は大きな貯水槽に貯めている、と話してくれた。

 それから牧場をひと回りした。牧場の様子や周辺の雑木林などを見てまわり、牛舎に戻ってきた。そろそろ引き上げる時間だ。手なんぞを洗おうとあたりを見回すと、大きな鉄製のタンクがあり、下の方に蛇口がついていたので、おじさんに声をかけた。
「これで手を洗っていいですかね」。
「あー」と返事が返ってきた。

 手をゴシゴシ洗い、ついでに顔も洗った。最後に手をコップ代わりにして飲んだ。フーツとひと息ついた時、おじさんが顔を出して言った。「その水は、ウシのおしっこをバクテリアの力なども借りて精製した水だよ」。正直言って、たまげた。

 しかし、考えてみれば、宇宙飛行士たちも、同じようにリサイクルした水を飲料水として利用している。
期せずして、究極のリサイクルを体験してしまった。そして、リサイクルとはそういうことなのだ、と腑に落ちた。

牛

illustration by 小幡彩貴

今泉忠明(いまいずみ ただあき)

大ベストセラー『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)の監修でも知られる動物学者。奥多摩や富士山で調査研究を行うかたわら、2020年には「けもの塾」を設立、子どもたちのためのフィールドワークなども催している。

Nipponの歳時記 身近な生き物4 今泉忠明 No.217

静かな生き物、ウサギ

うさぎ

 ウサギは静かな生き物である。不満があってもギャーギャー騒がず、楽しいといった顔も見せない。落ち着いた風情がある。だからと言って不満がないわけでも、毎日がつまらないわけでもない。不満があれば大きな後足で地面をバタンバタンと叩くし、楽しければ走ってピョ〜ンと高く跳んで、空中で両方の後足を拍手のようにポンと打つ。

  考えてみれば、ウサギは不思議な体つきをしている。見慣れているからか、ウサギの耳が長いことは当たり前に思っているが、ゾウの鼻が長いのと同じくらい奇妙だ。

 以前、カリフォルニアの平原でジャックウサギが走っているのを見つけた。これはいい機会だと、二手に分かれて挟み撃ちにして草むらに潜んだところを写真に撮る計画を立てた。膝の高さくらいの草の間をガサゴソとゆっくり進んでいったとき、目の前からいきなりウサギが跳び出した。ピョーンと高く跳び上がったかと思ったら、あっという間に地平線まで続く草原の果てに消えていった。まさに脱兎のごとく、実に速い。声も出さず、音も立てずに、消えていった。
ウサギは静かな生き物なのである。

うさぎを追いかける

illustration by 小幡彩貴

今泉忠明(いまいずみ ただあき)

大ベストセラー『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)の監修でも知られる動物学者。奥多摩や富士山で調査研究を行うかたわら、2020年には「けもの塾」を設立、子どもたちのためのフィールドワークなども催している。

Nipponの歳時記 誕生 板橋春夫 No.210

餅で栄養、小豆で厄除け

 人の一生の中で、子どもの誕生は特別にドラマチックな出来事です。神奈川県や千葉県、茨城県の一部の地域には、子どもが生まれると「ミツメのぼた餅」を配る習わしがあります。ミツメというのは、出産して三日目のことをいいます。
 昔は親戚や町内の女性たちが作っていたようですが、今はお菓子屋さんに頼みます。大きなぼた餅が三・五・七・九……といった奇数個、重箱や化粧箱に入れられていて、これを親戚や隣近所に配ります。「ミツメのぼた餅」には、その家に新しい命が誕生し、地域社会に新たな一員が加わることをお披露目する役割があるのです。
 また、「ミツメのぼた餅」は、乳の出がよくなるといって、産後の母親にも供されました。昔は、子どもが生まれると貰い乳をする風習があり、乳あわせと呼んで、男の子の場合は女の子を出産した産婦の母乳を、女の子の場合は男の子を出産した産婦の母乳を飲ませるところもありました。それほど、生後まもなくの赤ちゃんにとって母乳は大事なものであり、一方で、産後の母親にとって授乳は身体を消耗させるものでもありました。
 餅の栄養は、母親の体力を回復させたことでしょう。そして、厄を除ける霊力があるといわれる小豆は、幼子の生育を心配する母親やその家族の心を癒したに違いありません。こうした産後の通過儀礼は、日本各地でいろいろと行われています。

illustration by 小幡彩貴

板橋春夫(いたばし はるお)

民俗学者。日本工業大学建築学部教授。1954年、群馬県生まれ。博士(文学・筑波大学)。主たる研究テーマは、通過儀礼。「いのち」をキーワードに、誕生と死に関する習俗と儀礼について調査研究を進めている。

Nipponの歳時記 お宮参り 板橋春夫 No.211

餅で栄養、小豆で厄除け

 赤ちゃんが初めて氏神様へお参りすることを、お宮参り(初宮参り)といいます。いまは著名な神社に参拝する家族が多いようですが、本来は生まれた土地の氏神様の氏子になる儀式でした。日取りは生後30日頃が多いものの、福井県敦賀市周辺のように、生後100日目に行うところもあります。
 お宮参りでは、赤ちゃんがこの先、災厄を被ることのないように、ひたいに「大」「小」「犬」といった文字を描くなど、魔除けをする風習がいろいろあります。
 また、大阪などでは、親戚や近所の人がお金の入った祝儀袋を水引でくくって赤ちゃんの祝着に結ぶ「紐銭(ひもせん)」という習わしが行われています。これは、一生お金に困らないことを願うものとか。金沢には昭和初期まで、親類縁者100人から着物のはぎれをもらって産着を縫う「百徳着物」という習俗もありましたが、いずれも多くの人からパワーをもらうことを意味しています。赤ちゃんは、神様の加護とともに周囲の人からさまざまな助けを受けて育っていくのです。
 お宮参りの日には、出産祝いを贈ってくれた親戚や知人に、内祝いとしてお返しをします。内祝いには、赤飯や紅白饅頭、鳥の子餅(鶴の子餅)など、ハレの日にふさわしい色や意匠のお菓子が使われてきました。赤は邪悪を払う色、白は清浄を象徴する色。そして、楕円形に作る鳥の子餅の形は、誕生と成長を象徴する卵に似せたものです。
 お宮参りは、赤ちゃんの健やかな成長を祈る重要な儀礼として、今も大切に伝えられています。

illustration by 小幡彩貴

板橋春夫(いたばし はるお)

民俗学者。日本工業大学建築学部教授。博士(文学)、博士(歴史民俗資料学)。「いのち」をキーワードに誕生と死について調査研究を進めている。

Nipponの歳時記 成長 板橋春夫 No.212

初誕生の一升餅、七五三の千歳飴

 満1歳の誕生日が、初誕生です。明治以前に毎年、誕生日の祝いをしていたのは天皇家や公家、大名などだけで、一般の国民は誕生日を祝う習慣がありませんでした。しかし、この初誕生の祝いだけは、一般の人たちも昔から満年齢で祝いました。
 初誕生では近親者が集まって子どもの成長をにぎやかに祝いますが、昔も今も赤ちゃんに「一升餅」を背負わせる家が多くみられます。一升餅は、米の「一升」と人生の「一生」の語呂合わせで、赤ちゃんが一生裕福に暮らせるようにとの願いが込められています。
 ところで、日本で満年齢が使われるようになったのは明治以降のことで、それ以前は正月元旦に国民が一斉に年を取る「数え年」を用いていました。満年齢で数えるのが一般的になった現在でも、子どもの成長祝いや厄年、葬式の享年には数え年が使われています。
 なかでも七五三は、日本中で見られる通過儀礼です。3歳で髪置き(男女)、5歳で袴着(男)、7歳(女)で帯解きの祝いをした中世の貴族や武家社会で行われていた儀式に遡るもので、7・5・3は吉兆の数字です。
 11月15日を中心にした吉日に、3歳と7歳の女児、5歳の男児が晴れ着に身を包んで神社にお参りします。手には、縁起のよい図柄の袋に、長寿を願う紅白の長い飴の入った「千歳飴」。子どもと家族の明るい笑い声が、神社の境内に響きます。

illustration by 小幡彩貴

板橋春夫(いたばし はるお)

民俗学者。日本工業大学建築学部教授、慶應義塾大学大学院非常勤講師。博士(文学)、博士(歴史民俗資料学)。「いのち」をキーワードに誕生と死について調査研究を進めている。

Nipponの歳時記 人生の節目 板橋春夫 No.213

初誕生の一升餅、七五三の千歳飴

 人の一生には、さまざまな節目があります。和菓子は、誕生、七五三、成人式、結婚式、長寿祝いなどの祝い事と共にあり、葬儀や法要などの不祝儀にも用いられています。
 1月の祝日「成人の日」を中心に開催される成人式の式典では、礼装した若者たちの晴々しい笑顔が見られます。成人の内祝いには、お世話になった人たちへの感謝を込めた紅白饅頭など縁起の良い意匠の和菓子が使われます。
 そして人生の大きな節目と言えば、結婚式でしょうか。多くの人に祝福され、新郎新婦が新しい人生を歩み出す儀式ですが、双方の親族などが立ち会って縁を結ぶ行事でもあります。吉祥色の餡を包んだ小饅頭を入れた大きな饅頭「蓬莱山(蓬が嶋)」や、鶴亀、松竹梅などの菓子が慶事を寿ぎます。
 一方、親しい人と現世での縁を切る人生の節目もあります。葬儀で使われるのは黄白や青白の饅頭。シノブヒバの焼き印を押した「しのぶ饅頭」を使う地方もあります。こうした不祝儀の饅頭は大きいのが特徴で、分け合っていただきます。悲しみを分かち合い、故人が結んでくれた縁を共に感謝する―饅頭を分け合う意味は、そこにあるのです。
 万物は無数のめぐりあいや結びつきによって形成されています。私たちは縁で結ばれ、時に縁が離れたりしながら生きています。このような縁によって万物が生じ起こることを「縁起」といいます。
 人生は、縁起の連続といえます。私たちの人生は、誰かの人生にしっかりとつながっています。その連鎖が、人生を豊かに、素敵にしているのです。そうした人生の節目に、いつも和菓子が寄り添っています。

illustration by 小幡彩貴

板橋春夫(いたばし はるお)

民俗学者。日本工業大学建築学部教授、慶應義塾大学大学院非常勤講師。博士(文学)、博士(歴史民俗資料学)。「いのち」をキーワードに誕生と死について調査研究を進めている。

Nipponの歳時記 身近な生き物1 今泉忠明 No.214

ネコは人とは味覚がちがう

 人はさまざまな味を楽しむ。三食のほかに、やれ口さみしいとか言っておやつなど間食をする。果物、煎餅、チョコレートなどだが、あられとお茶は私なんかの定番だ。
 子どもの頃、セロファン袋を破ってあられを一つ口に入れようとしたとき、その音を聞きつけて飼っていたネコのミケが音もなく近寄ってきた。鼻を突き出すから、欲しいのかなと一つつまんで鼻に近づけると、プイッと横を向き、セロファン袋の匂いを嗅ぐと行ってしまった。
 今思えばネコのこの行動は「確認」しに来たのである。パリパリとセロファン袋を破く音を聞いて、もしかすると事件かなと、自分の縄張り内での出来事を調べに来たのだ。ネコは縄張りの中がいつも通りで、平穏なことを一番好むからである。何か異常がないかを、鼻を突き出して目と匂いで確認した。別にあられを食べたいわけではなかった。
 ネコは、残念ながら人と味覚がちがう。人はふつう甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五味を感じるが、ネコはこれを感じない、とされる。ならばどんな味を感じているのか……。こればかりはネコに聞いてみなければ正確なところは分からないのだが、古くから動物学者がいろいろと調べてきた。その結果、今ではネコは酸っぱさ、苦さ、塩辛さを、この順で強く感じることが分かっている。人と大きく違うのは舌に「甘味」に反応する味蕾がないことと、美味しい肉(タンパク質)、つまり良質のアミノ酸を感じる能力があることだ。想像するにネコは、人が甘いお菓子を食べたときの美味しさを、良質のアミノ酸を食べた時に感じているのかもしれない。

illustration by 小幡彩貴

今泉忠明(いまいずみ ただあき)

動物学者。長年、動物の調査研究に取り組み、伊豆高原ねこの博物館館長、日本動物科学研究所所長などを歴任。2020年には子どもたちのためのフィールドワークなどを催す「けもの塾」を設立。著書に『誰も知らない動物の見かた~動物行動学入門』(ナツメ社)、『巣の大研究』(PHP 研究所)、監修書に「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)ほか多数。

Nipponの歳時記 身近な生き物2 今泉忠明 No.215

パンダの出産時期と食べ物の深い関係

 四季のある地域に棲む動物は、ふつう春に子を産む。特に、大形野生動物はそうである。熱帯地方では決まった繁殖期はなく、いつでも子が見られるが、これはいつ生まれても暖かく、食べ物も豊富で子が育つからだろう。また、温帯では暖かくなる春に生まれた子の生存率が高いことから、長い年月の間に、ほとんどの動物が春に子を産むようになってきたに違いない。例外もいるが、その代表がジャイアントパンダである。
 パンダの多くは、6月に超未熟な子を産む。子の体重は、およそ100g。親の体重の900分の1しかない(ちなみに人は約20分の1)。歩き始めて、動く縫いぐるみのように可愛くなるのが3か月後。6月生まれならば9月で、亜高山帯ではもう秋の紅葉が始まるほど冷えてくる。一人前の子パンダになる頃には冬がやってきて、あたりは雪で覆われてしまう。

パンダに抱っこされている女性

 これではちょっと生まれるのが遅すぎ、と思われるかもしれないが、パンダが棲むタケの林は密生していて、天敵のヒョウやドール(アカオオカミ)もなかなか入ってこない。
 さらに、雪が降ると上の葉の部分に雪が積もるから、葉の下に空洞ができ、パンダはその空洞部分で冬を過ごす。雪はひどい寒さを防いでくれるし、食べ物の90%以上を占めるタケはいくらでもあるのだから快適な環境である。子パンダも寒ければ母親に抱いてもらえるし、まだ乳を飲んでいるので空腹にはならない。そして、生後6か月くらいからタケを少しずつ食べ始め、1歳になる頃、完全に乳離れする。うまくしたもので、その頃、山は子パンダでも食べやすいタケノコのシーズンである。
 動物園でパンダの親子を眺めていると、とても野生動物と思えないほど呑気そうに暮らしている。だが、実はパンダは過酷な環境によく適応した動物なのである。

子どもパンダ3匹

illustration by 小幡彩貴

今泉忠明(いまいずみ ただあき)

大ベストセラー『ざんねんないきもの事典』(高橋書店)の監修でも知られる動物学者。奥多摩や富士山で調査研究を行うかたわら、2020年には「けもの塾」を設立、子どもたちのためのフィールドワークなども催している。

Nipponの歳時記 耳に響く季節感 柳原尚之 No.224

和のつく文化、和菓子と和食

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり 道元禅師

 曹洞宗の開祖である道元禅師は、移ろう季節も、そして人生もそのままを受け入れて生きていけばよいと説きました。和菓子も和食も、この目に見えない季節の移り変わりをどのように表現するかに古くから心 を砕いてきました。

 私がまだ小学生の頃、家族旅行で北陸の窯元を訪ねたことがあります。両親が店主と話しながら器を選んでいる間、まだ器に興味のない私が店内をふらふらと見て回っていると、大きな器に目が止まりました。しばらく眺めていると父が近づいてきて、「これは煮物を盛る器で、雲錦模様といって桜と紅葉が描かれているから、春と秋の両方に使うこ とができるのだよ」と教えてくれました。

 その鮮やかな色彩で描かれた器の美しさに見とれたと同時に、和食は季節によって器を使い分けることを初めて知りました。そして、何よりも「雲錦」という言葉が耳に残ったことを覚えています。後に、雲は桜、錦は紅葉を表していることを知りましたが、日本の文化では、直接的な表現を避け、歴史的事項や和歌などから季節を汲み出し、菓子名や料理名に落とし込むことが多くあります。

 たとえば和食では、竜田揚げがあります。ご存じの通り、鶏肉を生姜醤油に漬け、片栗粉をまぶして揚げた料理です。醤油色を紅葉の色に見立て、さらに秋の神様である竜田姫の名前に由来しています。和菓子でも同様に、竜田と名のつくものは紅葉をあしらった秋の菓子銘に使われます。ちなみに和菓子の世界では、砂糖につくね芋などを混ぜて捏ね、形を作るか型で抜いた菓子を雲錦と呼びますが、こうした技の名前も風情があります。

 和菓子と和食の共通する食の表現として、季節感が挙げられます。もちろん、海外でも季節はありますが、それを五感で感じられるよう表現するのが日本独自の食文化だと思います。例えば夏には寒天を使い、透明感のある水の流れを表現した和菓子があります。和食なら、ガラスの器にそうめんを流れるように盛りつけることで、涼しさを表現できます。

 現代では、料理名でも直接的なものが増えている印象がありますが、吹き寄せ揚げ、みぞれ椀、時しぐれ雨煮など、風情のある名前が多く残っているのも事実です。料理名や菓子名から季節を感じ取り、耳で楽しむことも、食の一部であるといえます。言葉を大切にしてきた日本人ならではの、耳から感じる季節感を、これからも大切にしていきたいですね。

イラスト

illustration by 小幡彩貴
菓子/「竜田」鶴屋𠮷信

イラスト  

柳原 尚之(やなぎはら なおゆき)

柳原料理教室主宰。博士(醸造学)。NHK「きょうの料理」などのテレビ出演の他、NHKドラマ「みをつくし料理帖」や大河ドラマ「龍馬伝」などの料理監修も手がける。ライフワークは、子どもへの食育と江戸時代の食文化の研究。

Nipponの歳時記 甘さが織りなす新年の願い 柳原尚之 No.225

甘さが織りなす新年の願い

 正月の朝には、子供たちと一緒に鰹節を削り、餅を焼いて雑煮を作ります。お正月は単にカレンダーが一巡しただけでなく、人生そのものが新たな始まりになるような、清々しい気持ちになるのが不思議です。

 そのお正月にいただく料理が「おせち料理」です。もとは「節供料理」と呼ばれており、その語源をたどると「節会供御」に由来します。「節会」は祭りごとを、「供御」は召し上がるものを意味し、つまり「節供」という言葉自体が、もともと料理を表しているのです。

 おせち料理も、家族構成や趣向、流通の変化に応じてその内容が変化してきました。現在ではさまざまな種類のおせちを楽しむことができますが、本来大切なのは、その料理に込められた願いです。代表的なものに、「三ツ肴」と呼ばれる「数の子」「黒豆」「ごまめ」があり、それぞれ子孫繁栄、健康、豊作の願いが込められています。また、おせちの特徴の一つとして、栗きんとんや伊達巻き、錦玉子など、砂糖や卵を使った「口取り」料理が多くあります。これらは「長崎もの」とも呼ばれ、当時、海外との唯一の接点であった出島のある長崎の卓袱料理の影響を受けています。

 なかでも特に変わっているのが「伊達巻き」でしょうか。伊達巻きは、江戸期の料理本では「カスティラ焼き」や「カスティラ蒲鉾」と呼ばれ、室町時代にポルトガルから伝わった南蛮菓子カステラの生地に白身魚のすり身を加えて焼くという、日本ならではの発想が生かされています。この長崎から伝わった卓袱料理が江戸の文人墨客に愛され、やがておせち料理の一つとなりました。ちなみに、伊達巻きには、巻物が教養を表すことや、黄色が古来より邪気払いの色とされてきたことに由来した願いが込められています。

 日本料理の特徴には、甘さの巧みな使い方がありますが、その砂糖の扱いは和菓子から学んだ部分が多くあります。菓子から料理へと広がったこの甘さの工夫に思いを寄せながら、おせち料理を味わってみると、また違った楽しみが感じられるのではないでしょうか。

イラスト

illustration by 小幡彩貴

イラスト  

柳原 尚之(やなぎはら なおゆき)

近茶流宗家。柳原料理教室主宰。博士(醸造学)。NHK「きょうの料理」などのテレビ出演の他、NHKドラマ「みをつくし料理帖」や大河ドラマ「龍馬伝」などの料理監修も手がける。ライフワークは、子どもへの食育と江戸時代の食文化の研究。