ただの「丸」ではない No.201

丸芳露

ただの「丸」ではない

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 なんの飾りもない丸い菓子。しかし、一口噛むとザクザクでもカリカリでもなく、もちろんフワフワでもない独特の食感に驚かされる。江戸時代に南蛮船が伝えたポルトガル生まれの堅い焼き菓子は、明治の初めにこの店の8代目と9代目によって食べやすくおいしく改良され、今や佐賀を代表する銘菓となっている。「丸芳露」、なんと優しく美しい菓銘だろう。
 主な材料は、選び抜いた数種の小麦粉と卵と砂糖。配合の調整を日ごとに行い、合わせた生地を冷蔵庫で寝かせたら、平らに伸ばし、胡麻油を塗り、真鍮の型で抜いて窯の中へ。250度で5分間、ここまですべてが人の手になる。だから、一つひとつの菓子に表情がある。
 品質本位の経営方針とあいまって受け継がれてきた、滋味深く素朴で自然な味。丸い焼き菓子に、本格的な製品を作ることを誇りとしてきた店の150年分の自信が溢れている。

丸芳露本舗 北島

佐賀県佐賀市白山2‐2‐5
TEL 0952(26)4161

心を結ぶ「五輪」の糸 藤団子 No.199

藤団子

心を結ぶ「五輪」の糸

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 熱田神宮参拝のお土産「きよめ餅」で知られる、きよめ餅総本家。
この店に毎月15日、神宮の献茶会に合わせて作られている菓子がある。輪のかたちをした紫、白、桃、黄、緑の5色の干菓子で、その名も藤団子という。
 江戸時代に熱田詣の名物土産だった菓子を初代が復元したもので、5つの輪が細い麻ひもで結わえられているのが特徴だ。麻ひもを持ち上げると、下り藤のような雅な風情となり、また薬玉と同じ5色は、病封じ、五穀豊穣の祈りにも通じているという。
 砂糖と寒梅粉を煉った生地を細く伸ばして丸いきれいな輪を作り、乾かして仕上げる工程は3日がかり。最後に結ぶ麻糸がつなぐのは、人の輪。茶の湯の席に、コーヒーの時間に使えば、必ず場が華やぐ。東京五輪2020を前に、ブレイクの予感も楽しい。

きよめ餅総本家

名古屋市熱田区神宮三丁目7-21
TEL 052(681)6161 http://www.kiyome.net/

熱田神宮の東門前に暖簾を揚げる、銘菓「きよめ餅」で知られる菓子舗。商売は誠実が第一、という初代の言葉を信条に、4代目を継ぐ当代も「おかげさま」という感謝の心を大切に菓子作りに励んでいる。

伝統を継ぐ「新しい」形 カネール No.198

カネール

伝統を継ぐ「新しい」形

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 京都旅行のお土産といえば「八ッ橋」。
買って帰れば必ず喜ばれ、ニッキの香りが、その旅がとびきりだったことを雄弁に語ってくれる。生八ッ橋もいいが、およそ三三〇年もの歴史を持つ焼き菓子「聖護院八ッ橋」ならなおさらのこと。その名菓のおいしさを引き継いでいるのが“新しい形の八ッ橋”と銘打ったこの菓子だ。
 薄く焼き上げた「八ッ橋」を巻くだけのシンプルな製法だが、強く巻きすぎると堅くなり、繊細さが失われる。薄く、かつ歯ごたえよく。すべての工程に伝統の技が潜む。
 現代人の感性に響くモダンな造形。一方で、巻き終わりのカーブには民具のような温かさも感じさせる。そして口のなかで広がる異国のあえかな香り。気が付くと、また一本、と口に運んでいる。これが、伝統の菓子の力。

聖護院八ッ橋総本店

京都市左京区聖護院山王町6
TEL 075(761)5151 http://www.shogoin.co.jp/

元禄2年(1689)の創業。近代筝曲の開祖と称えられる八橋検校の墓参に訪れる人に向けて、琴の形をした「八ッ橋」を作り、菩提寺である金戒光明寺 常光院の参道で(現在の本店の場所)売り出したのが始まり。

幸福を運ぶ「立体」フクサヤキューブ No.196

フクサヤキューブ

幸福を運ぶ「立体」

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 しゃれた小箱は、季節によって色を変え、歳時記に合わせて、限定商品が生み出されている。フクサヤキューブは、日本を謳う、スピード感あふれる和菓子なのだ。
 箱に描かれている商標の「蝙蝠」は、中国では幸福のシンボルとされている。さあ、誰に幸福を届けに行こうか。

長崎県長崎市船大工町3-1
TEL 095(821)2938 http://www.fukusaya.co.jp/

寛永元年(1624)創業という長い歴史の店。長崎の船大工町にある本店は瓦屋根に白壁、格子、行燈、当時貴重だった輸入レンガタイルなども使われた風格ある明治初期の建築である。

感謝と祈り 「春よ、来い」 福ハ内 No.195

炉ばた

感謝と祈り「春よ、来い」

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 この菓子が届いて、歓声をあげない人はいないだろう。香りも清々しい赤杉の木箱が真っ白な紙で包まれ、その上に端正な絵と達者な墨文字が躍る掛け紙、熨斗がつけられた「福ハ内」の菓銘、そして、きりりと結び上げられた紅白の水引――。“包む文化”の美しさに、まず日本人の心が揺さぶられる。
 さらに、悦びは続く。菓銘の焼印が押された蓋を取ると、枡の中から大多福豆の形をした菓子が笑いかけてくるのだ。「ますますお元気で」「ますますのご繁盛を」。楽しいシャレに託して、贈り主の心が真っすぐ伝わってくる。
 「福ハ内」は、鶴屋吉信の4代目が19歳の時に町で見た、節分の豆まきをする少女の愛らしさを表現して創った菓子だという。玉子の黄身をたっぷり使った生地で白餡を包んだ、ほっこり優しい姿と味。笑う門に、福が来る。

味は、小豆を軽く焦がした「こがし」と抹茶、焼き色をつけた「焼き」の3種類。箱の意匠にも、秋田の風趣が香る。 なまはげ諸越。焼き諸越と抹茶諸越で、男鹿の奇習「なまはげ」と、秋田の祭り「竿燈」を形どっている。

鶴屋吉信

京都市上京区今出川通堀川西入
TEL 075(441)0105 http://www.turuya.co.jp

享和3年(1803)の創業。家訓の一条にある「ヨキモノヲツクル為ニ材料、手間、ヒマヲ惜シマヌ事」を旨に二百年余、京菓子を作り続けている。代表銘菓に「京観世」「柚餅」など。

はらり溶け出す「ふるさと」 炉ばた No.194

炉ばた

はらり溶け出す「ふるさと」

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 「炉ばた」は、秋田に三百年以上前から伝わる、小豆粉と和三盆糖で作る秋田諸越を洗練させた菓子である。
 かおる堂の初代が、戦後、堅い菓子だった秋田諸越を食べやすい堅さに工夫して一口サイズにするとともに、和三盆糖の純度を高めて口溶け良く、品のよい甘さにしたことで、普段着の菓子は手土産にも恰好の菓子となった。
 形も愛らしい。箱ぞり、米俵、酒樽、杉板、香梅、農家、踏み俵で遊ぶ童女、秋田大蕗、天神様、すわり猫、なまはげ、嬰詰め(赤ん坊を入れておく藁籠)の12種類。いずれも秋田の歴史や風土のなかで生まれた郷土の宝物だ。口に含めば、ふるさとが溶け出す。
 「炉ばた」は、今も手仕事で作られている。職人が木型から菓子を打ち出すトントンという澄んだ音が、この先も百年、二百年と続きますように。

味は、小豆を軽く焦がした「こがし」と抹茶、焼き色をつけた「焼き」の3種類。箱の意匠にも、秋田の風趣が香る。 なまはげ諸越。焼き諸越と抹茶諸越で、男鹿の奇習「なまはげ」と、秋田の祭り「竿燈」を形どっている。

かおる堂

秋田県秋田市川尻町大川反170-82
TEL 018(864)4500

大正11年(1922)に、秋田諸越の専門店として創業。
不易流行の精神を大切に、豊かで美しい秋田の四季をお菓子にうつし取り、地元秋田の素材を大切にした菓子作りを続けている。

銘菓の装い No.124 志のおりべ

志のおりべ

現代を超える伝統のおもしろさ

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 神田の岩波ブックサービスセンターで本を買うと、いつも本にかけてくれるカバーというか、包装紙がある。その絵柄が好きで、あるときなんの気なしに見ていると「梅原龍三郎装」という文字が小さく入っていて、驚いたことがあった。人は包装紙などでも、無意識のうちに見ていて、ひそかに好き嫌いを感じているのだと思う。
両口屋是清で戦後間もない頃から使い続けているという包装紙が、おもしろい。一見、石垣か何かのように見える不思議な模様は、聞けば袴腰といって、男子用の袴の腰板を表しているのだという。その袴腰が褐色で散らされた中に黄土色の楕円形のスペースが無造作にとられ、隷書体の「両口屋是清」の文字と「丸に両」の紋が白抜きで入っている。
銘菓「志のおりべ」は、上品な麩焼き煎餅で、20年ほど前に考案された。淡い黄と緑に染め分けられた箱に、飛ぶ鶴と亀甲模様、つまりめでたい鶴亀が墨絵で描かれている。箱を開けて現れるのが、名僧の描いた円相が入った和紙袋。袋に一つずつのお煎餅には二種類あり、一つは国宝志野茶碗「卯花垣」の模様をうつした志野風、もう一つは「吊るし柿」の模様と一角に緑釉をあしらった織部風である。
名古屋の老舗らしく、地元の誇る桃山古陶を意匠に取り入れたのだが、「志野織部」でも「志野おりべ」でもなく、「志のおりべ」としたネーミングが秀逸だ。
尾張藩二代徳川光友公から賜ったという両口屋是清の屋号、包装紙に用いられた袴腰。いずれも今でははっきりとした由来はつかめない。しかし、そうしたところにこそ、伝統が現代を超えるおもしろさがある。

 文/大森 周
写真/高木隆成

両口屋是清

愛知県名古屋市中区丸の内3丁目14-23
TEL 052-961-6811

銘菓の装い No.126 小城羊羹

小城羊羮

歴史汲みあげた品格

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 小城羊羮の名は、小城町という町の名前から取られている。だが、小城羊羮のほうが、小城町そのものより、ずっと知られているのではないだろうか。
小城町は九州・佐賀県にあって、佐賀市に近く、市の中心部から北西十キロ余りのところにある。江戸時代は鍋島支藩の城下町、それ以前は関東の豪族千葉氏の支配した土地であった。千葉城の古跡が今に残っている。
このあたりは、唐津、伊万里、有田と、有名窯場のひしめく焼きもののメッカ。いきおい、小城町は観光スポットからはずれがちだが、祇園川沿いに歴史の面影を残す、魅力ある町である。
村岡総本舗の小城羊羮の包装をみると、そういう小城町の雰囲気をおのずから表しているようだ。
商品名その他の文字を囲んでいる桜の模様は、二重罫を使った古風なデザインと渋い小豆色の色調で、品格を作り出している。 これは、小城が桜の名所であることにちなむ意匠だという。 花どきには、小城公園に約三千本の桜が咲く。
この紙の包装の中に、竹の皮で包み、さらにその上から木材を紙のように薄く削った経木で、縦からも横からも巻いた羊羮が入っている。セロファンの閉じ口を開けて経木ごと羊羮を引き出すと、木の香、竹皮の香がふわりとほのかに匂うようだ。
羊羮は、透明感のある鮮やかな紅色。白小豆餡に加えた天然の紅の色合いである。
小城の羊羮は明治五年、森永惣吉が桜羊羮を売り出したのが最初といわれる。村岡総本舗の創業者村岡安吉が羊羮を作り始めたのが明治三十二年、販売先として鉄道や陸軍に着目して成功した。地名を生かして「小城羊羮」の名前を初めて用いたのもこの人である。

 文/大森 周
写真/太田耕治

村岡総本舗

佐賀県小城郡小城町861
お客様相談室 0952 ( 31 ) 2131

銘菓の装い No.127 栗かの子

栗かの子

おいしさ+安全・無公

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 小布施町は、長野市から長野電鉄の特急で二十分のところにある。
この小布施町に「北斎館」が誕生した昭和五十一年、東京にもない葛飾北斎の美術館が、ずいぶんと田舎にできたものだと思った。ところが、新幹線ができて、東京から長野までわずか一時間半。小布施町も、決して遠いところではなくなってしまった。
北信濃一帯は、魅力のある地域である。その一つは、果実の豊富なこと。津軽に次ぐリンゴ、更埴市があんずの里なら、小布施は古い歴史をもつ栗の里である。江戸時代、小布施の栗は毎年、将軍家に献上されていた。
竹風堂の銘菓「栗かの子」は、風味抜群を誇る小布施の栗を用いて作られ、不足分も国内産の栗だけで補っている。蜜栗に栗の煉りあんを混ぜた、無添加、無着色の純粋に栗だけのお菓子だ。
容量250gの「栗かの子」は、いが栗の絵に東大寺の清水公照師の句を散らした渋いグリーンの包装紙できっちりと包装されている。それを開き、正方形の箱の赤い竹風堂マークの封を切ると、観音開きになっていて、中からいよいよ「栗かの子」のアイボリーの丸缶が現れる。
この容器、金属缶ドリンク類と同じ方式だが、ポリプロピレンなどの新素材を使っている。そのため、開缶の際に指をケガすることもなく、使用後は焼却もできるという竹風堂だけが用いているすぐれもの。
竹風堂は、創業明治二十六年の老舗。栗と美術館の町という小布施の特色を、そのまま経営に反映させてきた。小布施本店の中庭には、民俗資料館として日本有数の(財)「日本のあかり博物館」を持ち、松代店の隣地には「池田満寿夫美術館」を擁している。

 文/大森 周
写真/太田耕治

竹風堂本店

長野県上高井郡小布施町973
TEL 026 ( 247 ) 2569

銘菓の装い No.128 ホールインワン

ホールインワン

ゴルフ、食べませんか?

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 見慣れた虎屋の包装紙を開いて、一瞬、目を疑った。これが最中の箱? どう見てもゴルフボールの箱そのものである。
お菓子であるとわかっていても、ゴルフ最中「ホールインワン」のパッケージには驚かされる。箱もそうだが、なかに並んでいる紅白の最中がまた、ゴルフボールそっくりなのだ。中身は紅が白餡、白がこし餡。
歴史のある古い土地こそ新しい発想を生む、とはよく言われること。老舗虎屋にして、このモダンな意匠あり、ということがいえよう。
虎屋の祖先は、御所ゆかりの菓子司であったために、奈良からの遷都に伴なって京都へ移り、平安、鎌倉、室町の各時代、京都で菓子屋であったと伝えられている。だが、虎屋では、口伝は口伝として、慶長五年 ( 1600 ) の記録に登場する黒川円仲を中興の祖とし、初代に数えている。現在のご当主、黒川光博氏は十七代目。東京に店を出したのは、御所が京都から東京に移った明治初期のことだ。
ところで、「ホールインワン」が最近創案されたお菓子なら、驚いた、おもしろい、おいしい、で終わってしまう。それだけではなく、もうひとつズシンとくるのは、このお菓子が大正十五年 ( 1926 ) の記録に残されていることである。バブル時代のゴルフブームなどにあやかったのとはわけがちがう。日本のゴルフの夜明けの時代に、早くもゴルフをお菓子に取り入れた遊び心は、さすがである。
菓子の入った箱のデザインは、何度か変わったようだが、いま用いられている箱も、昭和初期のモダンな雰囲気を伝えていて美しい。食べるゴルフボール発見ここのところ、会う人ごとに「ね、虎屋のホールインワンって最中知ってる?」と吹聴して歩いている。

 文/大森 周
写真/太田耕治

虎屋

東京都港区赤坂 4-9-22
TEL 0120 ( 45 ) 4121